OB会だより

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平成6年前後卒の皆さんから
2026/03/15

平成6年前後中央地区高校卒の皆さんから、荒谷義光さんの訃報お問い合わせがあります。秋田工業高校だけでなく秋田中央高校、秋田高校、金足農高との部活動交流も多かったでしょう、 三種町八竜のスーパーでパンを食べたことなど多くの思い出話をいただいております。
山本郡三種町でも地域の中心的な立場であったと、ご葬儀にご参列された方がお話されていました。

秋田工高卒では数少ない 脳外科医から、
2人に1人が癌になると言われる時代、癌が早期に見つかる時代だから2人に1人と言われるものだそうです。
昔から癌は多かったと思われます。
癌の発見は検診より無いそうです。

義光さんの事だからご家族のため、検診はしていたと思われます。
しかし 検診でもなかなか見つからない癌もあるのだそうです。

故荒谷義光氏の葬式を終えて
2026/03/13

衝撃的に驚き悲しい葬儀が終わりました。
お父さんの三男さんともお会いすることが出来ました。2か月前に病魔を知り短期間の余命だったとお聞きしました。
まだ70歳代のお父さんお母さん、奥様と子供さんご家族を残しての旅たちは本人が一番悲しい衝撃だったことでしょう、
新たな生活も計画されていたお話もありました。
金子良雄先生も葬儀に参列されて、涙されておりました。
荒谷義光氏の訃報では秋田工業高校にもお問い合わせがあったそうです。
OB会ホームページにも1千回ほどのアクセスがありました。
秋田工業高校陸上競技部は平成6年当時、1学年30人前後の部員数の大所帯でした。
弟の荒谷義成さん(国交省勤務)ともお会い出来ましたが、できればもっと別な場所でお会いしたかった。
とても印象に残る葬儀でした。
当時の陸上競技部顧問は金子先生、田口鐐子先生でした。
OB会から 山平鈴男 出席


訃報です 荒谷義光さんが亡くなりました
2026/03/10

平成6年卒業の荒谷義光さん(50歳)が亡くなりました。
山本郡三種町八竜でパン等の製造販売店を経営されておりました。
全県駅伝大会 高校は鷹巣からスタートして8区間ゴールは秋田さきがけ本社の県北コースでは、5区三種町八竜大曲からタスキを受け継いだ間もない距離で秋田工業高校選手を応援されておりました。当時監督の大友貴弘先生から「応援してくれる方はOBの荒谷と言う人では?」と聞かれたこともありました。
1学年下の弟義成さんと秋田工業高校陸上競技部で活躍されておました。
謹んでお悔やみ申し上げます。

葬儀は3月13日午後1時から
秋田県山本町三種町鵜川字北本田178
虹のホールクオーレみたね
喪主は 妻美佳 様 です。

卒業式が終わりました
2026/03/03

秋田工業高校陸上競技部3年生6名が卒業式を終えました。
3年生、ご父兄の皆さんご卒業おめでとうございます。
春休み大学の練習を経験した3年生もいるようで、それぞれの目標に向かっています。
写真は部員全員の写真と卒業式を終えた3年生です。

3月2日は秋田工高の卒業式です。
2026/03/01

今年の秋田工業高校陸上競技部卒業生は6名です。
4名が大学進学、2名が就職します。
県南から5名、秋田市内から1名です。
秋田工高学び舎を旅立つ6名を明日お知らせします。

全国大学対抗混合駅伝大会から
2026/02/18

第6階全国大学対抗男女混合駅伝大会の結果が届きました。
秋田工業高校卒業、日本体育大学1年野村汰輝、頑張っていると聞く機会が多かった彼の姿が写真とともに届きました。
野村汰輝をお知らせする機会は、昨年の3年生を送る会以外ではないでしょうか?
この大会、日本体育大学は総合5位、5区を走った野村は区間8位と頑張っています。
写真の左が野村汰輝です。

宮古島駅伝大会から
2026/02/08

沖縄県宮古島駅伝大会がおこなれ、秋田工業高校卒業の4選手が出場した。
順天堂大学 大野聖登
日体大   野村汰輝
山梨学院大 橋楓河
東京国際  米村修翔

1位 青山学院大 4時間07分01
2位 順天堂大学 4時間07分26
   大野聖登  4区 区間9位
3位 国学院大  4時間08分16秒
4位 東洋大学  4時間08分41秒  
5位 中央学院大 4時間09秒59秒
6位 中央大学  4時間10分07秒
7位 山梨学院大 4時間10分13秒
   高橋楓河 2区 区間9位
8位 神奈川大学 4時間10分13秒
9位 東海大学  4時間11分19秒
10位 帝京大学  4時間14分25秒
11位 日本体育大 4時間15分53秒
  野村汰輝 1区 区間11位
12位 東京国際大 4時間20分51秒

井川先生も亡くなられていました。
2026/02/07

2月7日の秋田さきがけ新聞、8ページに「遠い風近い風」父の話 井川先生の長女井川直子さんのコラムから、井川義康先生が永眠されていることを掲載しています。
昨日三船先生の葬儀でも井川先生の話題が出されていました。秋田市太平の介護施設から退院されている事だけが話題になっていました。
井川直子さんの父の話から、生前の井川先生のそのままを知ることが出来ました。「国語教師で短気で取扱注意の人なので」ボクシングも陸上部駅伝も未経験なのに夢中になる情熱の持ち主、文面を読み取るとそのままが伝わってきます。
秋田高校を昭和33年に卒業されている思われますので、推測年齢は85歳ではないかと思われます。

八郎潟干拓記念駅伝大会が今年から無くなります
2026/02/04

大潟村は昨年57回目だった八郎潟干拓記念駅伝大会を終了すると発表した。今年から無くなることになった。
高校スポーツや各種競技の秋田県内低迷を心配する後援団体にとっては、中学生の県外高校への進学がさらに進むことを危惧しています。
その時代に注目される機会に出場できなかったり、注目される機会にチームが見えなかったりすることは、拠点校の機会を失っているようです。新聞等情報発信の場の機会を失う事は注目度も低下します。
結局は、親の負担が多くなり中学生からも魅力を欠く結果になっては無いか? 各高校は慎重に判断するべき事項だと思われます。
 全県駅伝大会、さきがけ駅伝大会とも言われた県北 県南から同時スタートする大会、昭和20年の終戦翌月から開催された。ところが1区間10キロ以上の駅伝大会に走れる高校、一般チームが少なくなり出場チームが減少、運営が厳しくなっていく状況にも、調整することは無かった。
原因は秋田陸協の担当者1人で運営し、交通事情から高校一般同時に走ることになり、県北コース時に大館からスタートして、一般の1位と鷹巣から1区の高校と同時スタートする予定であった。ところが秋田陸協担当者が一般5分遅れをしていたところ、一般の選手が鷹巣到着前、警察の許可なく高校だけをスタートさせてしまった。
警察の先導も無く、国道を走る高校チーム監督車から危険で怖いと連絡しても警察は出動しているとの連絡、原因は秋田陸協の担当者が警察の了解なくスタートさせたことが原因だった。鷹巣から秋田さきがけ新聞本社まで無事にゴールしたことが不思議なくらいであった。
その直後、秋田県警は秋田陸協として責任ある対応しない限り、許可しないと発表した。
1人に任せっきり全県駅伝大会は終了した。

このような事からも、県内大会にも出場しないチームや競技は衰退し、中学生は県外に出てしまうのではないか、秋田県も拠点校制度復活に慎重で各チームも資金難となっている。(各スポーツ各部活に拠点校として年間100万円前後の支援がコロナ発症前まであった。)

佐藤さんに心からお礼を、冨樫氏も頑張っています。
2026/02/03

秋田工業高校陸上競技部の寮、長い間お世話になった寮母の佐藤さんが退職し、父母の会、OB会、生徒たちから佐藤さんへお礼をお伝えすることが出来ました。
佐藤さんはこれからご主人の設計事務所の事務員として、近くから陸上競技部員たちを見守っていただけるでしょう、
卒業近い3年生にはOB会からは商品券を贈呈しておりす。
秋田工業高校陸上競技部員たちを応援している衆議院議員冨樫博之氏は衆議院選挙当選に向けて頑張っています。
1月31日には満員の講演会場に小泉防衛大臣が来場、投票日は2月8日 冬の投票日簡単に出来る期日前投票おすすめです。

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